錆に覆われた脇差と向き合うということ

刀剣

Restoring a Wakizashi Buried in Rust – Listening to the Sword Before Touching It

出会い|錆で覆われた一本の脇差

今回ご依頼いただいたのは、刀身全体が厚い錆に覆われた脇差でした。 一目見て分かるほど、長い年月、手が入っていなかったことが伝わってきます。

ご依頼主様は多くを語られませんでしたが、 「愛好家の間で評判を聞いたので、一度お願いしたかった」 そうおっしゃって、刀身のみならず、ハバキ、柄、拵えまで一式をお任せくださいました。

最低でも幕末頃からは、適切な管理がなされていない印象です。 状態は正直、かなり厳しい。

ただ、不思議なことに、錆の奥から感じ取れるフォルムには、 明らかに時代の上がる古い刀の気配がありました。

脇差は元々鑑定が難しい分野ですが、 それでも「これは相当古いところまで遡るのではないか」 そんな直感がありました。

依頼主様も、おそらく相当な目利きの方。 言葉少なながらも、その佇まいから、それは十分に伝わってきました。

判断|すぐに研がないという選択

このように深い錆が全体を覆っている場合、 ただ研げば良いというものではありません。

まずは反りや歪みがないかを慎重に確認し、 その後、私はすぐに研ぎ始めることはしません。

半日以上、錆びたままの刀身を前にして、 「どこまで起こすべきか」 「どこで止めるべきか」 それを考え続けます。

格好良く言えば、「刀と相談する時間」です。

文化財として修復・保存するうえで最も重要なのは、 なるべく研ぎ減らさないこと。 それが、後世へ残すという目的に一番かなっていると考えています。

技術|最初に確認するべきこと

作業に入る前、必ず確認するのが 刃が生きているかどうか、 いわゆる焼け身ではないかという点です。

その確認を終えてから、ようやく錆落としと整形に入ります。

実は、この工程が一番頭を使います。 ……正直に言えば、結構、無い頭をフル回転させます(笑)。

刀身の鉄の硬さによって、使う砥石は大きく変わります。内曇砥石は 一つの石で済むことはほとんどありません。

何十種類もの砥石を試しながら、 肌の出方、当たり、削れ方を見極め、 「今、この刀に合う石」を探し続けます。

途中の変化|柔らかい刀が教えてくれること

普通は、だいたい五、六回ほど石を替えていくと、 「ああ、これだな」 という石が見えてきます。

ただ、時代の上がる古い刀は、 経験上、鉄が柔らかいものが多い。

柔らかい刀身ほど、石選びは難しくなります。 攻めすぎれば、すぐに表情を壊してしまうからです。

この辺りは、理屈よりも、積み重ねた経験がものを言います。

仕上がりと距離感|あえて「止める」という判断

今回の脇差も、刀身がかなり柔らかい部類でした。

色々砥石を変えた挙句、良い葉だが出てきました。

無理はできません。 ですから、肌が美しく浮かび上がるところまで起こし、 それ以上は踏み込みませんでした。

このくらいで止めるのが、 最も見どころがあり、 なおかつ刀にとって無理のない仕上がりだと判断しました。

刃縁や働きも非常に面白く、やはり室町前期頃のものではないかと推測するところです。

あとがき|刀を未来へ手渡すということ

錆びた刀であっても、 それは数百年にわたる「バトンタッチ」を経て、 今、私たちの前にあります。

かつては武器だったかもしれません。 しかし、今は武器として使われることはなく、 美術品として、登録書という形で守られています。

私たちの役割は、 刀匠が打った当時の意図を、どこまで引き出せるか。 その一点に尽きるのではないかと考えています。

今回、無事にご依頼主様へお渡ししたところ、 大変ご満足いただき、 「またお願いしたい」と来月のご予約もいただきました。

この仕事を続けていて、何より嬉しい瞬間です。

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