Why Do Humans Unconsciously Take the Same Posture? — Body Memory in Everyday Movementsー

人は、誰に教わったわけでもないのに、ある場面で驚くほど似た姿勢を無意識に取ります。
これをAIに聞いてみました。
それは癖や偶然ではなく、身体が「一番安定する形」を覚えているからだそうです。
先日、ふとした瞬間に気づいて、思わず笑ってしまいました。
立って用を足すとき、多くの男性が無意識に片手を腰に当てています。
自分もそうしていて、「あれ、これって皆そうなのか?」と気づいたのが始まりでした。
一度気づいてしまうと、他の人の動きも目に入ります。
やはり多くの人が、似たような立ち方をしている。
そこで頭に浮かんだのが、あの有名な像でした。
小便小僧は、なぜあの姿勢なのか
ブリュッセルの小便小僧。
あの像が不思議と自然に見えるのは、誇張や演出ではなく、現実の人間の立ち姿をそのまま写しているからだと思います。
片手は前、もう片方は腰。
体はわずかに斜めで、重心は片側に寄っている。
誰かに教わったわけでもないのに、多くの人が自然と取る姿勢です。
小便小僧を最初に作った人も、きっと同じことを感じていたのでしょう。
「人って、だいたいこういう立ち方をするよな」と。
無意識の姿勢は「安定」を求めた結果
人は、立ったまま気を抜いた動作をするとき、無意識に体を支えようとします。
電車で立っているときに手すりを探したり、洗面台で歯を磨くときに片手をついたりするのと同じです。
腰に手を当てる動作は、骨盤のブレを抑え、体幹を安定させます。
意識しているわけではありません。
身体が勝手に「一番楽で失敗しにくい形」を選んでいるだけです。
風呂屋で牛乳を飲む人も、同じ姿勢をする
ここで、もう一つ思い出した光景があります。
風呂上がりに、腰に手を当てて牛乳を飲む人の姿です。
片手に牛乳瓶。
もう片方の手は、やはり腰や脇腹に添えられています。
体は少し斜めで、足は肩幅くらい。
これも、まったく同じ理屈です。
立ったまま、気を抜いて、一点に集中する動作。
視線と首が動くと、身体は自然に支点を作ろうとします。
昔の牛乳瓶は、口が細く、一気に傾ける形でした。
体は思った以上に不安定になります。
だから反対の手が、無意識に腰へ行く。
なぜ「手のひら」ではなく「手首の外」を腰に当てるのか
もう一つ、気づいてしまうと戻れないポイントがあります。
腰に手を当てるとき、多くの人は手のひらではなく、手首の外側を腰骨に当てています。
よく見ると、小便小僧の姿勢もまったく同じです。
手のひらを押し当てているのではなく、
手首から小指側にかけての外側を、腰に軽く引っかけるような形になっています。
これは見た目の問題ではなく、身体の使い方として非常に合理的です。
手のひらを当てると、無意識に力が入りやすい。
一方、手首の外側なら、力を入れずに支点だけを作ることができます。
「体を支えたいが、緊張はしたくない」。
この微妙な要求に、ぴったり合った姿勢なのです。
身体は、頭より先に答えを出している
人間は、考えてから動くよりも先に、身体が最適な形を選んでいることがあります。
楽な姿勢、安定する形、失敗しにくい動作。
それらは経験の積み重ねが、無意識の中に残した「身体の記憶」なのかもしれません。
誰かに教わらなくても、同じ姿勢が再現される理由は、そこにあります。
あとがき|身体は案外、賢い
小便小僧が何百年も違和感なく見られてきた理由は、
私たち自身が、同じ身体を使って生きているからなのだと思います。
日常の何気ない動作に、少しだけ目を向けてみる。
そうすると、普段の暮らしが、少しおもしろく見えてきます。
AIがどこから回答を持って来たのかの疑問を深堀りしてこちらにまとめています:
AIに「どこからその答えを持って来たのか?」を聞いてみた

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