市場の空気に少し慣れてきたころ、先輩が私に言いました。
「君、何か欲しい物があるなら代わりに競ってあげるよ。」
陶磁器を見に回りましたが、この日は中華料理屋のザーサイ壺のようなものや、現代作の傘立てのようなものばかりで、正直心が動くものはありませんでした。

プラスチックケースの上に“雑に置かれた一本のギター”
そのときでした。
売り物のプラスチック収納ケースの上に、一本のギターが無造作に置かれているのが目に入りました。
楽器に詳しいわけではありません。
しかし、穴の内部には誰かの名前らしき文字が書かれ、それを黒マジックで塗りつぶしている。
「まぁ、500円くらいなら試しに買ってみるか。」
そんな軽い気持ちで競りに参加すると、誰も値段をつけず、そのまま500円で私の手元に落ちました。
自宅に戻って“その署名”を見たとき、全てが変わった
家に帰って改めてギターの穴を覗いてみると、消されていた文字の下に、しっかりとした筆跡でこんな内容が書かれていました。
「黒澤〇〇が、誰々のために制作した」
不思議に思い、インターネットで作者名を検索すると……。
なんと、新品で50万円以上するギターを製作する工房の一本であることが判明。
私は急いで写真を撮り、オークションへ出品してみました。
すると数日後、
20万円以上の値で落札されてしまったのです。
この出来事が“価値を見る目”の第一歩になった
まったくの初心者が初めて参加した古美術市場で起きた、信じられないような出来事。
このビギナーズラックがきっかけとなり、私は「物の価値は、自分の目で見ないと分からない」という考えを強く持つようになりました。
そして、この経験が後に私を“陶磁器の世界”へと引き込んでいくことになります。
あとがき / Author’s Note
ギターの世界では、作者や工房の格が値段に直結します。特にハンドメイドのクラシックギターは、同じモデルでも「誰の手によるか」で10倍以上価格が変わることも珍しくありません。
つまり、外見だけでは分からない“内側の情報”が価値を決める典型例です。
古物の世界も同じで、刻印・銘・筆跡・箱書きなど、ちょっとした記載が運命を分けることがあります。
この章は、その象徴のような出来事だと言えます。


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