錆の塊から蘇った十文字槍の奇跡 / Restoration of a Cross-Shaped Spear

刀剣

真っ黒に錆びた槍が、まるで別物に生まれ変わるまで

日本の武具は、数百年を経てなお魂が宿ります。
今回お預かりした十文字槍もそのひとつ。しかし、その状態は……正直に言うと「鉄の遺骸」でした。

まずはこちらをご覧ください。

槍身は真っ黒に腐食し、刃文どころか形すら曖昧。
どこが刃でどこが峰かも見分けがつかないほど、重度の錆に覆われていました。


研ぎ師泣かせの十文字槍。それでもやり遂げた理由

十文字槍は刀以上に研ぎが難しく、
腕のある研ぎ師でも 「やりたくない」 と断るほどの代物です。

・刃が四方向に走り、
・峰の交差部の角度も複雑で、
・通常の研ぎ台に乗らない

そのため、依頼すれば驚くほど高額になります。

今回のご依頼主も、
「どこに頼んでも断られる」「専門家だと高額すぎる」
と相談に来られました。

そこで「日本文化財修復保存会」として、
専門家が対応し、実費程度――おそらく相場の1/3ほどの費用で引き受けました。


研ぎ上がった姿 ― まるで別物。輝きが刃に戻る

こちらが研ぎの途中、そして完成後の姿です。

“鏡面のような艶”
“真っ直ぐ通った峰”
“陰影の立つ断面の美しさ”

まるで江戸期に戻ったかのような仕上がりです。


切れ味は床屋のカミソリ以上

今回の十文字槍は、四方向すべてが刃。
そのため切れ味も凄まじいものがあります。

私は研ぎの確認中に 2回も手を切りました。
研ぎ師ならではの“あるある”ではありますが、
それでも「これは危ない」と思うほどの鋭さ。

本当に、昔の職人の技術は恐るべきものです。


柄と鞘も新調 ― こちらは本漆仕上げで2ヶ月かかりました

ご依頼主から
「できれば柄も鞘も作ってほしい」
との追加依頼がありました。

もちろんお引き受けしました。

槍身だけでなく、
新しい柄はしっかりと手に馴染むよう木地から制作。
鞘も本漆で仕上げたため、約2ヶ月の時間を要しました。

仕上がりにご依頼主は大変喜び、
「これでもう一度、世に出せる」と感激されていました。


文化財は技術者がいなければ朽ちていく

十文字槍は、
・研ぎ師が少ない
・修復に手間がかかる
・専門家だと高額になる

という理由で、
多くが“捨てられるか、そのまま錆びて終わる”運命になりがちです。

しかし 文化財は、人の手があってこそ未来へ残るもの。

私たち「日本文化財修復保存会」は営利団体ではありません。
材料費と最低限の作業費だけで、
可能な限り文化財を次世代に残すことを目的としています。

今回の槍もその一つ。
朽ち果てそうな古武具が、
再び命を吹き返していく瞬間に立ち会えることは、大きな喜びです。


English Note

This article documents the restoration of a heavily rusted cross-shaped spear. Such spears are extremely difficult to sharpen because all four directions are edged. Professional restoration costs are often very high, so our preservation society restored it at about one-third the usual fee, including lacquered scabbard and new shaft.


【コラム】

⚔️ 十文字槍が「武器として恐れられた理由」

十文字槍は日本の武具の中でも特殊で、
“斬る・突く・絡め取る” の三要素を併せ持った万能武器でした。

・正面からは刺突
・左右の翼で横薙ぎ
・どの角度でも切れる
・振り下ろせば鎧の継ぎ目を断つ

その構造ゆえに扱いが難しい反面、
熟練者が使えば「最強の対人武器」として恐れられました。

今回のように研ぎ直された十文字槍を見ると、
その恐ろしい機能美がはっきりと伝わってきます。

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