第七章:市場で学んだ“価値の正体”と、忘れられない幻の品々 / Lessons Learned from the Antique Market – and the Ones That Got Away

骨董・古美術(副業)

市場に通ううちに、私は“価値とは何か”を深く考えるようになりました。そこには忘れられない品々との出会いと、いくつもの後悔がありました。

江戸末期と大正期の梅干し壺との出会い

壺としては買い手があまりいない幕末あたりの、大したことのない壺に見えました。しかし蓋を開けると、中には当時の梅干しがそのまま残っており、表面にはひし形の角砂糖のようにキラキラ輝く塩の結晶がびっしり。梅干しは まだ食べれるとのこと。

当時は気にも留めなかったのですが、後に調べると、一粒がとんでもない価格で取引されることを知り、買わなかったことをいまだに悔やんでいます。
壺ひとつ1500円位でした。

洛中洛外図が描かれた襖セット

とある豪商の解体家屋から出た襖セットには、すすけた雲の隙間から京都の町並みが見え、あちこちに織田木瓜が金で描かれていました。

町の暮らし、人々の表情、建物の息遣い――。どこを見ても筋の良さを感じるものでした。値段は3万円。しかし私の車には積めず、泣く泣く諦めました。

その後、インターネットオークションで似たようなものが100万円以上で落札されているのを見て、レンタカーでトラック借りてでも買えばよかったと深く後悔したのを覚えています。

“軽トラ最強”を思い知った瞬間

この出来事以来、私は心の底からこう思ったのです。
「車は移動できればいい。軽トラの方が断然メリットが高い。」

市場は“価値の教科書”だった

市場には、まだ世に知られていない価値が無数に眠っています。 安く買い、高く売れる――それだけでなく、 “見抜く楽しさ” が市場にはありました。


あとがき / Author’s Note

価値とは「材料」+「時代」+「文脈」で決まります。江戸時代の梅干し一粒でさえ価値が跳ね上がる。襖一枚が現代のアートを超える値段になる。それらを体験できたのは、私にとって一生の財産でした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました