今からおよそ25年前のことです。
友人というか、大先輩に連れられて向かった場所は「古美術取引市場」。しかしそこは、私が想像していた“市場”とはまったく違っていました。
広い農家の庭先に小砂利が敷かれ、横には二階建ての農機具小屋。看板もなく、初めて来た人にはただの個人宅にしか見えません。しかし、その静かな田舎の住宅街に、ワンボックスカーや2トントラックが何台もずらりと並んでいる。
そこに集まっていたのは、古道具屋、刀剣商、古書店、蔵の買い取り業者、家屋の解体現場で古道具を扱う人々など、“モノの価値を扱うプロ”ばかりでした。
私の先輩は刀剣が好きで、納屋から出てきた刀を買うために市場へ来ることがあるとのこと。
ただしこの世界は、誰でも参加できるわけではありません。売買に参加できるのは古物商の資格を持つ人だけであり、私はその資格を持つ先輩の横で“助手”のような形で参加させてもらいました。
庭先に並ぶ、雑然とした古家具の山
市場はまず屋外から始まります。屋内に入りきれない大きな箪笥や家具類が、庭先に無造作に置かれているのです。

磨き上げられて黒光りする階段箪笥、昭和の琺瑯看板を幾重にも重ねた束、囲炉裏に吊るす鉄瓶、田舎の匂いが染みついた襖、大きな甕類、そして和服の束……。
まるで時間が止まってしまったかのような“異世界”を歩き回り、開始1時間前の下見で私たちはさまざまな品を見て回りました。
室内競りの雰囲気はさらに独特だった
屋内に入ると、さらに異様な景色が広がります。
座布団がぐるりと並べられ、その中央にお盆が流れるように置かれていき、そこへ業者が持ち寄った小物が次々と投げ込まれる。
競り人が「まずこれから行きましょう、1000円から!」と声を張り上げると、周囲のプロたちが素早く値段を入れるのですが、その値段の言い方がまた特殊でした。
プロだけが使う “符丁(ふちょう)” の世界
「センマイ(1250円)」「ヒャッカン(3500円)」「本三(2250円)」など、初めて聞く言葉が飛び交い、これぞまさにプロの世界だと感心したのを覚えています。
参加費は2000円前後で弁当付き。売り手は落札価格の約15%を市場に支払うという仕組みだそうでした。
とにかく驚いたのは、その安さ。
インターネットで見ていた相場の1/5〜1/10。ほぼタダ同然のものもある。
こうした市場はジャンルごとに得意不得意があり、家具が強い市場、古書が強い市場、陶磁器が中心の市場など、それぞれ特色があることも知りました。
この日、心の奥で小さな火が灯った
初めて触れた古美術市場の独特の空気。
その中に立っていると、胸の奥で静かに「価値の裏側をもう少し知りたい」という気持ちが生まれてきました。
このときはまだ、自分の人生を変える“奇跡の出来事”が後に控えているとは、夢にも思っていませんでした。 【つづく】
あとがき / Author’s Note
古物市場には、プロしか知らない符丁や独自文化が多く存在します。
例えば、かつては「千両役者(大スター)」から転じて、良い品物のことを“千両モノ”と呼んだり、古道具の世界では地域で符丁が違うなど、小さなローカル文化の塊なのです。
こうした裏側を知ることで、普段目にしている物の“値段の根拠”が違って見えるようになります。


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